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第2回 変なアカデミック・リサーチ・フェロー、ストラスブールへ行く 

 

京都に出かけました

 第1回からおよそ6か月程度経ちました。その間の3月下旬に京都に出かけました。往復の東海道新幹線はしっかりN700S に乗りました。やはり車内は快適で細かいところで進化していました。前日の睡眠時間が短かったせいで、快適なシートでしかも隣の席が空いているという好条件も手伝って、三島近くで眠り始めて、目が覚めると山科盆地を走っていました。何となく頭がすっきりしました。

 

 それがどうしたということですが、京都では、国際研究集会2023『複言語主義の多元性をめぐって』が京都大学の吉田キャンパス吉田南構内で開催されました。特にその中のプログラムで「日本語教育の参照枠補遺版と複言語・複文化能力」というシンポジウムに関心があって京都に出かけたのです。面白いのは日仏同時通訳が入ることでした。日英同時通訳はよく見られますが、多言語への同時通訳ではなくて日仏同時通訳というのは珍しい経験でした。私はフランス語の入門程度しか学んでいないのですが、聞いていると滑らかなフランス語が耳に心地よく、「単語が英語に似ているなあ」とか、「あっ、一文まるごと理解できたぞ」などと内容は横に置いて楽しんでいました。上記のシンポジウムは幸い使用言語が日本語で日本語➡フランス語の同時通訳でしたので、内容もしっかり勉強させて頂けました。

 

 「日本語教育の参照枠」って何だ?と思われる読者も少なくないと思いますが、これは外国語としての日本語を学習すること、教えること、評価(測定)することについて、国際的な外国語学習に関する参照枠組である「CEFR ( Common European Framework of Reference for Languages : Learning、 teaching、 Assessment ; ヨーロッパ言語共通参照枠 )」をベースに、学習する目標言語が日本語の場合にも適用可能な「参照枠」を、文化庁が中心となって日本語教育や外国語教育の専門家がまとめたものです。「規準」「標準」ではなく「参照枠」という規範性の小さな緩やかな表現になっていることが大切なところなのです。

 

CEFR、そして欧州評議会とは?

 CEFR(シーイーエフアール)とは、Council of Europe (欧州評議会)が中心となってまとめた、欧州域内で国や言語の違いを超えて、言語(外国語)教育専門家(テスト開発機関や行政担当官を含む)等が言語学習、教授法、そして評価法に関する相互理解およびコミュニケーションを促進するための基盤となる参照枠組みを提示した文書です。日本でもNHKの英語講座で講座のレベルを表示するのに用いられるなど、最近は英語教育を中心によく用いられるので、この駄文の読者の方々も一度はご覧になったことがあるかと思います。

 

 そして、欧州評議会とは「一つの欧州」を目指して、人権民主主義法の支配文化的協力の分野で国際社会の基準策定を主導する国際機関として、1949年にフランスのストラスブール(アルザス州)に設立されました。ちょうど第2次世界大戦が終わって間もなくの時期です。日本も1996年11月に米国、カナダに次いで3番目のオブザーバー国となっています。この欧州評議会が1997年に開始した言語教育プロジェクトの成果として、2001年にCEFRは、英語版とフランス語版が出版されたのを皮切りに、欧州域内の言語版が順次出版され、さらに欧州域外の外国語教育にも大きな影響を与えました。2020年には「CEFR Companion Volume with New Descriptors」が発表されました。これは単なる補遺ではなく、改定と言ってよいくらいの変化が見られます。

 

CEFRの理念

 CEFRには以下の4つの理念が掲げられています。

  1)欧州市民の相互理解促進のために、市民が母語以外の言語も必要に応じて使用できるようになるという複言語主義

  2)母語話者並みを必ずしも目標とはせずに、必要な能力を身につける部分的能力の許容

  3)教師中心主義ではなく学習者中心主義の立場

  4)行動中心主義(○○ができる)の言語教育観

など単に外国語教育の枠内のことではなく、世界の人々が相互理解を進めることの重要性に関わる高い理念が込められています。このことに大きな意味があり、注目しなければなりません。

 

なぜストラスブールか?

 ストラスブールは現在フランスのアルザス州にありますが、かつてはドイツに属していたこともありました。ある年齢以上の方は国語の教科書に、アルフォンス・ドーデの「最後の授業」という短編が載っていたことを思い出して頂けるかもしれません。フランス語の先生が教室の生徒に「私がフランス語の授業をするのは今日までです。戦争でフランスが負けたのでドイツ語しか教えてはいけないことになりました。明日からは別の先生が来てドイツ語を教えることになります。」というようなことを告げて、黒板に「アルザス万歳、フランス万歳」とフランス語で書いて、教室を去って行ったというお話です。だいぶ昔に習ったので細部は正確かどうか怪しいですが、おおよそこんな話だったと思います。アルザス州はフランスとドイツの狭間で時代の流れに翻弄され、上述の逆のケースもあったのです。

 

 アルザス州をSNCF(フランス国鉄)で走ると丘陵地帯が車窓に拡がり、ワイン用の葡萄畑が続きます。このアルザス・ワインが何ともいいのですね!それはともかくとしてアルザス州の中心がストラスブールなのです。高い尖塔を持つストラスブール大聖堂がある有名な都市です。そこに欧州評議会(Council of Europe)があります。欧州連合(EU)と間違えられることが少なくないのですが別機関です。フランスとドイツの間で翻弄された歴史があるストラスブールに「ひとつの欧州」を目指す国際機関を置くことに意味があるのです。欧州評議会の他にもEU議会、欧州人権裁判所などがあります。また、ストラスブール大学という16世紀以来の伝統のある大学があり、ゲーテが1770年から法学を学んだことでも知られています。

 

ストラスブール訪問

 私はこれまでに3回ストラスブールを訪問する機会がありました。一度は日本からANA(エイエヌエイ)の直行便でドイツのフランクフルト空港に降りて、空港にあるホテルに一泊して、翌日DB(ドイツ鉄道)のICE (Inter City Express)で Offenburg まで行って、そこでローカル線に乗り換えて単行(1両編成)の気動車でライン川を渡ってストラスブールに入りました。その川の真ん中が国境線なのです。隣の道路橋にドイツ国旗とフランス国旗とが国境線を挟んで描かれていました。勿論、パスポート提示する必要はありません。東京都から多摩川を渡って神奈川県に入るのと同じです。

 

 ストラスブールは鉄道でも有名な街なのです!公共交通として路面電車を近代化したLRT (Light Rail Transit)システムを世界で最初に広範囲に導入した都市です。歩道から直接乗れるとか、軌道のレールの間に植物(多分、芝です)が植えられていて環境に配慮するとか、車内も全ての人に配慮された構造になっている、など今では日本でも見られる都市内交通機関の魁です。法律的なことや制度的なことに私は詳しくありませんが、公共交通機関は赤字でも維持すべきものだ、それは市民が誰でも自由に移動できる交通手段だからだ、と考えられていると聞きました。勿論、赤字も程度問題かとは思いますが「公共交通機関の使命」が市民の移動の自由にしっかり結びついている点が重要なのだと思います。このLRTですが現在日本でも鹿児島市電や札幌市電などで取り入れられ、2023年8月26日に開業する芳賀・宇都宮LRTは最初から完全にLRTシステムで運行されます。餃子と並んで宇都宮名物として観光客も呼び込めるといいなあ、と思っています。

 

 最近一部の「撮り鉄」が鉄道や沿線にお住いの方々に迷惑をかけているニュースを見ますが.本当に鉄道をこよなく愛するファンは絶対に鉄道に迷惑をかけたりする行為はしないのです。最近よくひとに野口さんは「何鉄?」と尋ねられることがあるのですが、最初は意味が分かりませんでした。最近は、私は鉄道をこよなく愛する「鉄道ファン」で、乗りに行って、その街をぶらっと散歩して、地酒と山海の名物を楽しむのです、と答えています。

 

念の為に

 ストラスブールではLRTに乗りまくって、夜はワインを楽しんでいたという訳ではなく、欧州評議会の言語政策部門を尋ねて、しっかり情報収集するという本来の仕事も果たして来たことを念のために書いておきます。その体験が直接的に、間接的に、その後の研究の方向性や論文に影響を与えてくれています。

 

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